FC2ブログ
  • 08«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • »10
R.I.P.
今朝母から親戚のおばさんが亡くなったと電話があった。危篤と聞き、母と妹と一緒に先週病院に駆け付けたのだが、その時の状態は良さそうだったし危篤ももう何度目かだったのでまだ大丈夫だろうと思っていたのだが・・

以下、おばの事について長くて重いです↓
 
このおばさん、母の母の弟の奥さんという、私にとって遠い親戚なのだが、実の祖母よりも親しい間柄だった。
私の母方の祖母は私をとっても可愛がってくれ大好きだったのだが、私が3歳の頃になくなった。父方の祖母は父の継母だったせいもあったのか、小さい頃からどこか冷たさと言うかそっけなさを感じていた人で、遊びに行くとご飯や寝る支度などの世話はもちろん焼いてくれるのだけど、一緒に遊んだり可愛がってもらった事は無かった。私もきょうだいもそんなもんだと思って特に気にもしてなかったが。

亡くなったおばさんは、地理的にも比較的近かったこともあってか、特に私は幼稚園の頃から世話になっていた。毎週土曜日になると泊りに行き、大きくなるにつれて回数がぐんと減ってもそれは高校生になっても続いていた。
遊びに行ってもおばさんは仕事もあったしこれといって楽しい話題もなかったのだけど、そこに行くと妙に落ち着いてゆっくりできたし父方の祖母よりも好きだった。娘時代から習得した洋裁・和裁・編み物・料理や掃除の腕はプロ級で、私も子供の頃から編み物をよく教えてもらっていた。

おばさんは顔に痣があり、両方の黒目の位置もずれていて、その容姿の為にそれなりに苦労があったのだと思う。自分の夫にも随分泣かされた上早くに死に別れ、何度も死産の末やっと授かった息子を女手一つで育てて家まで建てた。
本当に、苦労の多い人生だったと思う。だけどそのおばさんの一番気の毒な部分は、その性格だった。
僻み・嫉みが沢山あったのだろう、私が大人になって聞かされるのは身内の悪口ばっかりだった。それは主に息子のお嫁さんやその親、自分の親戚、果ては私の母まで。それを近隣中に言いふらすのだ。
私達家族は聞く事に慣れていたし、私も結婚してからもよく顔を見に行っていたのだが、次第に常軌を逸するほどと思える悪言にエスカレートして、こちらの神経も参りこの10年近くは気にはなりつつも遠のいていた。
自分の家でも完全に孤立していて、とても寂しい晩年だったと思う。でも周りの家族も大変だったとも思う。おばさんが90歳まで何十年もの間、そうしてみんなが苦しんでいた。おばさんはずっと自分の中の悲しい自分だけと共に生活していたのだと思う。

完全な家族葬ということで葬儀には出られない。重苦しい話だけど、せめてここでおばさんを偲びたいと思う。
私が小さい頃から入院する度面倒を見てくれ、時々うちに数日滞在して(家族と揉めて家出して)、家の中を片付けお料理してくれた。うちは両親がハードな共働きで子供も多かった為、学校から帰るとピカピカに片付いた家の中から「おかえり」の声が聞えるのはすごくうれしい事だった。
おばさんにはもちろん孫はいたけど、祖母の優しさ・暖かさを3年分しか知らない(弟や妹は全く知らない)私にとってはかなり祖母に近い部分があった。祖母でもないのにそんな経験を与えてくれて、すごく感謝してる。
ばあちゃんありがとう。7歳の時買ってもらった桜模様のお茶碗や編んでもらったベスト、忘れない。天国ではどうか心穏やかに暮らしてね。
スポンサーサイト



コメント
叔母様との思い出話、涙出ちゃう。

子供の頃と違って思春期になると
自分の世界が確立して多少疎遠になったりと
そんな感じになるよね。

うちは父方、母方とも女性が短命で
私は祖母との思い出があまりないの。

お葬式に出られなくても偲ぶだけでも喜ばれると思うよ。

私は腕から脇にかけて
色素異常があるから余計に「思い」を感じました。
と、とりとめのない文章でごめんね。

謹んでご冥福を祈ります。。
のりこ[URL] 2012/07/04(水) 11:08 [編集]
きすけさんの思いが伝わってきて、ジーンとなりました。年をとり、段段、体が思うように動かなくなってくると、本当に、どうにもならない程の辛さがあるのだと思います。おばさんも、若い頃とは違う辛さの晩年を送ったのだと、今の私の歳で、やっとわかるようになりました。

ごく身内だけの家族葬だと、最後のお悔やみにも出かけられないのですね。でも、きすけさんのお気持ちは、おばさんにはわかっていたと思います。

ご冥福をお祈りします。
そら[URL] 2012/07/04(水) 16:07 [編集]
のりち♪
ほんとは家族でない人の訃報はブログにこんな風に書きたくなかったんだけど、親戚の中では一番お世話になった人だったんで・・
私は子供の頃から他所のおばさんに甘える事が多かったのだけど、この人の事だけは特に残しておきたかったのね。

自分の子供達は両家の祖父母とのお別れも未だなく幸せなので普段は気付かないんだけど、結構祖父母との思い出のないって人はいるんだよね。
無いのが当たり前の時は何とも思わないけど、子供達を見てると「いいなー」と思っちゃうわ。

意地悪ばあさんだったのよ、おばさん。
のりちにそんな風に思ってもらって、草葉の陰で喜んでると思う。ありがと。
きすけ[URL] 2012/07/04(水) 20:48 [編集]
そらさま♪
そらさままでそんな優しいお言葉を・・ ありがとうございます。
おばさん、まさかこんな所で人に優しくしてもらえるなんて思ってもみなかっただろうなと思います(笑)

親戚の話だと若い頃から問題アリな人格だったようで・・ でも段々歳と共にひどくなっていったんでしょうね。そんなおばさんでも私は好きでしたが・・

実家の母でも「昔はこんな事言わなかったなぁ」と思う事が、最近では時々あります。歳を取ると言う事は、色々複雑ですね。一つずつ、自分自身も分かっていくんだろうな・・
きすけ[URL] 2012/07/04(水) 21:18 [編集]
きーちゃん こんにちは。
きーちゃんには、お婆さま代わりのようなおばさまがいらしたのですね。
突然に残念ですね。ご冥福をお祈りします。

お世話になった方が寂しい晩年を過ごされるのは、つらいね。
ご立派な方だからこそ、色々な思いの中で、反面教師のような役割を、たとえ自覚なくとも担われていたのかな とか、色々と考えさせられます。

近くに親戚が居ない環境で育ったので、
きーちゃんとおばさまとのお話、いいなーって思いました。
書いてくださってどうもありがとうです。
てい[URL] 2012/07/06(金) 11:06 [編集]
自覚なく反面教師・・ なるほどそんな事もあるかも知れないね~。

「拗ねる」って行動、小さな子供にありがちと思うけど、大人になっても婆さんになってもなくならない。実際私も時々拗ねた考えが起きる事があるし。。
でも、拗ねてもあまりいい事ないんだよね。それどころか周りは引いてく一方。だけど拗ねてる当人はもう小さい子供と同じ思考になっててそれが分からないのよね。
おばさん見ててよくそう思いました。そして「ああそうか」と。

読んで下さってありがとね(^_^)
ていちゃん♪[URL] 2012/07/06(金) 21:13 [編集]

管理者にだけ表示を許可する
 
Copyright © 2019 ・・K-日記・・. all rights reserved.