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ありがとうございました そして R.I.P.
涼しい風が吹く爽やかな日。何のかは分からないが花粉も飛んでいる様で朝から鼻が重い。でも低気圧の不調に比べたら全然問題ないので今日は結構やる気がある。朝から細々とした雑用片付けここに向かう。

ずっと、書こうか書くまいか迷っていたけど、私の記憶の為、そして感謝の気持ちとして書こうと思いました。

この夏、長女が大学で3年間お世話になった先生が永眠された。
短い期間ではあったけれど、本当に本当にお世話になった先生だった。

以下 非常に長いです。

長女の在籍する科は、担当の先生2人にレッスンをみてもらえる。つまり週に2度のレッスンを受けられる。
その内一人の先生は受験前から決めていたのだけど、もう一人の先生を絞り切れず、以前講習で受けた先生にと考えるも次の講習ではその先生も他に希望した先生も日程が合わず、学校側がアレンジしてくれたのがこの教授との出会いだった。
受験前の12月末の初レッスン、その後沢山の受験生を抱えてお忙しい中こちらの無理を聞き入れてくださり熱心にレッスンしていただいたお蔭で、何とか長女は入学でき、無事門下生の一員となれた。

非常に厳しい先生だった。入試前のレッスンで私も聴講させていただいているし、長女の口からもいつも聞いていたが、本当に厳しい先生だった。去年の秋は、長女自身の準備不足のせいなのだけど、あまりの厳しさに初めてピアノをやめようかと思ったそうだ。
けれど私は入試前に聴講させてもらった時、「これぞ今のこの子に必要なレッスン!」と、私がいつも悶々としていた部分を気持ち良いほどバッサリ切ってくださるそのレッスン内容に惚れ込んだ。
そして、本当に生徒思いの先生だった。
ある時は太ってしまってスカートのウエスト位置が上に行ってしまい丈が短くなったのを着ていた長女に、「あなたのスタイルじゃそのスカート丈は似合わないからダメよ」から始まる都会での危険性について母親の様に注意してくださったり、レッスンで行き詰っている時には「その曲○○先生が最近コンサートで弾いていたからレッスン頼んでおいてあげるわ」と言ってくださったり、上記のピアノやめようと思った時期にもう一人の先生とのレッスン時、長女が「ダメ過ぎで教授にものすごく叱られました」と言ったら、その先生が「この出来じゃ当然だね。でも、教授はいつも僕に“あの子の事よろしくね”と仰ってるよ」との、涙の出る様な事実があったり・・
うちの子に限らず、どの生徒さんにも熱心な先生だった。

いつもとても疲れてらっしゃる様子である事を長女から聞いてはいたが、今年の初めにとうとう入院された。
お留守の間、代理の先生とこれまでの先生の下、教授が戻って来られた際にがっかりされない様長女なりに気を引き締めていた。
そしてGWの辺りに、もうすぐ退院できそうだから手伝いを頼みたいとの連絡を代理の先生から頂き一安心していたのだが、その後容体が変わり、夏にはとうとう帰らぬ人となった。

急逝の連絡があったのは、長女のとある本番の二日前。泣いて悲しむ長女に「旅立つ先生に良い報告できることが何よりの供養」とは言ったものの、切り替えは難しいだろうと思っていた。かなり堪えた様子だったし。
それが、本番前夜、長女の夢枕に教授が立って下さったそうだ。うろたえていた長女も、これで「頑張らないと」と思ったらしい。
その後も続く本番で、緊張でテンパっていたらふっと教授の事が頭をよぎり、サッと雲が晴れた様に緊張が解け、これまでで一番満足のいく演奏ができたらしい。教授は、どこまでも生徒の先生であり続けて下さるのだと思った。

ご葬儀には私も参列させていただいた。
お通夜の晩、手伝いをしていた長女が帰宅するなり、「お通夜が始まる前に、BGMでカーナバルが流れてたんだけど」と言った。
カーナバル シューマンの謝肉祭 この曲は長女が今度の試験で弾く為に練習中の曲。
その時は「先生のお好きな曲だったのかな」と話ていたのだけど。

翌日葬儀に出向いたら、他の曲と共に確かにその曲が。しかもよく聴くとライブ音源のよう。門下のお母さんと「先生のコンサートでの音源かしら」と話し、悲しみが更に募った。
そして葬儀も終わり、出棺前の献花の際、最後のお別れをした時胸に衝撃が走った。教授の胸の上には長女と同じヘンレの楽譜、それはシューマンの謝肉祭だった。

この曲は、教授の入院後の春にもう一人の先生に勧められ始めたもの。なので残念ながら結局一度も教授にはレッスンしていただいていない。だから教授は長女がこの曲を練習している事はご存じなかったと思うのだが、
教授にとって、こんなに大切だった曲、何としてでも立派に仕上げなければと親子で思った。これまでのご恩をお返しするのには全然足りないが、まずは何よりもこの曲を教授に喜んでいただけるものに作らなければ。
人から与えてもらえるものは沢山あるけれど、返せるものはいつだってほんの僅か。生徒である長女はともかく、親の私がお返しできるものは一体何があるのだろう。そう考えると、感謝の気持ちを常に持つ事しかないのだと思う。

この曲、一度でいいからレッスンしていただけたらどんなによかっただろう。そう長女と話した。
そしたら長女、「先生にとってこんな大切な曲、レッスンに持っていったら『あなた何これ全然できてないじゃない!曲変えなさい!』って絶対言われてたよ(T∀T)」 と。まあもっともだね。今後せめて「少しは何とかなったかしら」と言っていただける様頑張らないとね。

先生、ありがとうございました。お蔭でこの3年間で長女は少しはマシな演奏ができる様になりました。
どうぞ、安らかにお眠りください。
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コメント
生涯を通じ心から尊敬できる恩師に出会える人は
そうそういないと思います。
お亡くなりになってしまったことは悲しいけれど
良い先生に会えてよかったね。。
- R.I.P. -
のりち[URL] 2015/09/30(水) 15:55 [編集]
どんな立派な方にも、寿命があるという事実は本当に悲しいし、悔しいですね。
でも、枕元に立って下さるなんて凄い!!
きっと、長女ちゃんの中では永遠に生き続けて守って下さるのではないかしら?!
素晴らしい恩師と出会えたこと、本当に良かったですね♪
[URL] 2015/09/30(水) 17:42 [編集]
のりち♪
のりち 長文に付き合ってくれてありがとうね!
長女は幼稚園の頃から不思議と先生との良いご縁に恵まれてて、これは持って生まれた授かりなのかね・・
これからもきっと空の上から見てくださってると信じ精進する事に励まなきゃね。
きすけ[URL] 2015/09/30(水) 19:10 [編集]
葵ちゃん♪
演奏者等のプロフィール欄で、師事された方のお名前の前に「(故)」と添えられている事がよくあるけど、長女の若さではちょっと早いです。
白血病でした。病気が分かるまで、相当に身体が辛かったと思うけど、滅多にレッスンも休まれず、熱血指導していただいてたよ(>_<)
本当に出会いに感謝感謝。。。
きすけ[URL] 2015/09/30(水) 19:18 [編集]

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